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六年目の真実

初稿 2004年8月28日
改稿 2014年3月21日
 



※ このSSは遙が死ぬことが前提のストーリーとなっていますので、嫌悪感を感じる方は読まないことをお勧めします。


「ちくしょう、どうしてこんな目に遭うんだよ!」
 孝之は、自分の彼女、遙と関係を持ってしまった事について、深く落ち込んでいた。
 自然のなりゆき上、恋人同士がそういう関係を持つのは、当たり前かもしれないが、彼女は病人であり、脳の状態が不安定である。
 病院で、しかも、彼女が寝ているベッドで関係を持ち、その結果、昏睡状態に陥った。
 それだけではない。しばらくして、遙のお腹には小さな命、つまり妊娠している事が判明した。
 遙は、未だに意識不明の昏睡状態。主治医は、当然のように中絶を勧めた。
 しかし、事情を知った遙の妹、茜が、出産に同意してくれた。
 彼女は、オリンピック出場の水泳選手、最有力候補だったのに、その夢を捨てて、生まれてくる子供のために生きようと決めていたのだ。彼女なりのけじめのつけ方なのだろう。
 自分のせいで、遙の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
 そして、今度は妹にまで同じ事をしようとしている。
 自分は、どれだけ人を不幸にすれば気が済むんだろう。
 もう、誰にも迷惑をかけたくない……

 気がつくと、孝之は病院のベッドにいた。そして、隣にはの妹のがいる。彼女は、その胸に幼い子供を抱きかかえていた。
 その子供は、もちろん二人の子供ではなく、孝之が過ちで産んでしまった遙の子供である。
 あれから、三年。
 遙は無事出産したが、昏睡状態から未だに目覚めていない。
 いわゆる、植物状態である。
 茜は、遙が目覚めるまで、その子供の母親になろうと決めていた。高校を卒業後に孝之と結婚。子供は孝之の連れ子という形で、一緒に暮らすことにした。
 子供の名前は、遙が目覚めてもわかりやすい名前にしようと二人で決めた。
 鳴海慎二。
 それが、子供の名前だった。
 慎二というのは、孝之と遙の親友で現在は、法律事務所で働いている。
 名付け親は、その親友の慎二のアイディアだった。
 遙が目覚めてもわかりやすいようにというのと、その子供を自分だと思ってかわいがってやれという二つの意味を持っていた。
 子供が生まれた頃の孝之は、かなり自分を責めてたのに、今は茜の励ましもあって、なんとか立ち直ることができていた。
 子供のために、定職にも就いた。
 バイト先の店長が、家庭の事情を知って、正社員に推薦してくれていた。
 毎日の仕事は大変だけど、子供のためなら孝之は働くことも苦ではなくなっていた。そして。ささやかながらも、幸せな家庭を築いていた。
 遙という元恋人を除いては……

 それから、さらに三年後。
 息子の慎二は、小学生になっていた。
 孝之達は、茜の実家で暮らしていた。
 いわゆるマスオさんである。
 だが、苗字だけは涼宮はなく、鳴海という元の姓にした。
 ある日、孝之は茜の父から、自分の助手にならないかという誘いを受けた。
 茜の父、宗一郎(そういちろう)は大学教授をしており、自分の助手として、孝之を考えていた。
 宗一郎は、大学で凍結乾燥、つまりフリーズドライの研究をしている。
 まだ、宗一郎が結婚する前、自分の発見した、フリーズドライの方法を特許庁に認可した上で、食品会社に売り込んだ。
 食品をマイナス170度ある液体窒素などの中に入れ、フリーズドライさせると、食品はミイラのように水分が抜け、固くなるが、栄養価、風味などは損なわず、湯で戻しても生で食べるのと変わらない味や触感になる。
 宗一郎の熱意もあり、フリーズドライは、食品会社に徐々に受け入れられていった。
 現在は、カップラーメンや、冷凍食品、ドライフルーツなどの乾物類などに利用されている。
 また、NASAなどの宇宙食にもフリーズドライが用いられている。
 その結果、宗一郎は莫大な特許料を得て、一部を研究、一部を家庭に使用している。
 最近は、新しい研究テーマを見つけたようで、その研究のための助手を欲しがっていたのである。
 でも、孝之は、自分の仕事のほうが大事だからと言って、その誘いを断った。
 その後、宗一郎は、失業したら雇ってあげるよと笑いながら、この場を退き下がった。
 茜は、孝之は、一生職に困ることはないだろうと呆れながら、この様子を見ていた。
 茜にしても、孝之を父親の助手にすることは反対だった。
 この前、液体窒素を家に持って帰ってきたときは、さすがに家族全員が驚いていた。
 特に、息子の慎二はまだ小学生である。
 慎二が誤って、液体窒素の入ったタンクで遊んだらどうするのだろうか?
 また、液体窒素という危険なものを孝之が扱って大丈夫なのか?
 液体窒素の実験は、孝之も茜も小学生のガス会社見学のときに、実際に見たことがある。薔薇の花が、ガラスが割れるようなうるさい音を立てながら、粉々に砕けていく光景やボールが 水風船が割れるように、砕け散る光景などを目の当たりにして、衝撃を受けていた。
 やがて、茜に散々怒られながらも、宗一郎はしぶしぶ液体窒素を家に持って帰るのをあきらめたようだった。
 だが、翌日、宗一郎は懲りずに、今度は液体酸素を家に持って帰ったのだ。
 さすがに、茜はブチ切れた。
 この後、父と娘の間で激しい修羅場が展開されたようだ 。その結果、もう液化した気体を持って帰ってくることはなく、二度と家に持ち込まないという誓約書を書かされた。
 
 そんなある日、病院から緊急電話が入った。
「は、遙が!」
 電話を取った父親の宗一郎は、ひどく驚いた声を上げた。
 宗一郎から話を聞いた母親のは、泣いていた。
 事情を聞いた孝之と茜の二人も、驚きを隠せなかった。
 脳死。
 遙が脳死状態に陥ったという電話が入ったのだ。
 脳死に陥ると植物状態とは違い、自発的に呼吸が出来ない。
 そのため、遙はベッドで人工呼吸器をつけられていた。

 植物状態と脳死は、同じだと混同されがちだが、実は全然違ったものになる。
 脳には、大きく分けて、大脳、小脳、脳幹に分けられる。
 脳幹とは、中脳、橋、延髄の総称のことをいう。
 植物状態とは、大脳の機能が停止したものである。その為、損傷具合によっては、意識を取り戻す可能性もあるし、呼吸機能である脳幹は作動しているので、昏睡状態でも自発呼吸を行うことが出来る。
 だが、脳幹が停止すると、呼吸機能も停止してしまうので、自発呼吸が行えないため、人工呼吸器が必要になってくる。

 別室で主治医のモトコは家族全員を集めていた。
 慎二は、茜の親友、千鶴の家に預けている。
「遙さんは、先程脳死状態にあると判断されました。正確に言いますと、小脳の機能は停止していませんが、大脳と脳幹の機能が停止している、脳幹死という事がわかりました」
「どうして、脳死になってしまったのでしょうか?」
 冷静さを装いながらも、宗一郎が聞いた。
「理由として考えられるのは、植物状態の期間が長い事です。その期間が長すぎると、脳障害の進行が徐々に進んでしまったことで、脳を蘇生できる限界を超えてしまい、結果、二度と元に戻れない脳死に陥ってしまったものだと考えられます。このまま意識が戻らないと、いつかはこういう日が来ると覚悟していましたが。とうとうこの日が来てしまって、主治医として非常に残念です」
 モトコも冷静に説明を続ける。
「あの事故から、今年でちょうど十年ですからね」
「脳障害が徐々に進んでいったということは、もしかして、遙が一度目覚めたときに、時間が三年経ったのを理解できなかったのは、もしかして……」
「可能性はあります。記憶分野の海馬が、一時障害を受けていたことから考えても、もしかしたら、事故に遭ったときに、すでに脳障害が進行していったとも考えられます」
 薫の質問にモトコが冷静に説明を続ける。
「それでは、本題に入ります。遙さんが、脳死状態にあると判断された以上、あなた方、ご家族には四つの選択肢があります」
 モトコの説明によると、脳死になると家族が選択する治療方法が限定されてくる。
 それが、以下の四つになる。
 まず、遙の心臓が停止するまで、人工呼吸器や薬物による治療を繰り返し行う、「積極的治療」
 次に、新しい治療を行わずに、遙の心臓が停止するまで、従来の治療を行う、「消極的治療」
 次に、人工呼吸器を取り外し、遙の心臓を停止させる「治療の中断」
 先程のモトコの説明の通り、遙は自発呼吸が行えないため、人工呼吸器を取り外すと、遙の心臓は停止する。いわゆる、現在も反対派がおり、議論がされている尊厳死といわれるものである。
 最後が、脳死後か心臓停止後に、臓器を提供する「臓器提供の承諾」である。
「先生。なんなんですか、この選択肢は! これじゃ、まるで遙が死んでいるみたいじゃないですか!」
 孝之は、モトコの説明を聞いてひどく興奮していた。4つとも、遙が救える選択肢が用意されていないからである。当然、納得できることではない。
「落ち着きなさい。鳴海くん、ニュースで見たことがあると思うが、現段階の日本の法律では、脳死は人の死と定義されている。つまり、脳死と判断された以上、遙さんは、今この段階で死んでいることになる」
 今この段階で死んでいることになる……
 孝之は、いまいち状況がよく飲み込めていなかった。実際に、遙の心臓は動いているし、人工呼吸器をつけてはいるけど、ほとんど寝ている状態と変わりはなかった。
「先生、脳死というのは、脳の活動が止まっているだけで、心臓は動いているんでしょう? だったら、目覚める可能性もあるんじゃないですか?」
「残念だが、そんな症例は聞いたことがない。仮にあったとしても医者の診断ミスがほとんどだ。もし、脳死から目覚めたらそれこそ、医学界に取っては大発見になるんだ」
「でも、人工呼吸器もつけた状態なら、いつか目覚めるという可能性はあるんじゃないですか?」
「脳死の場合、人工呼吸器をつけた状態でも、最低三日で心臓停止になる。先程の『積極的治療』でもいった薬物投与で長く持たせることができるが、それでも、もって一週間が限度だ」
「そ、そんな……」
 モトコの説明を聞いて孝之は、衝撃を受けることしかできなかった。
「先生の診断ミスという可能性は?」
「そう思いたいなら、勝手にそう思えばいい。ただ、遙さんの脳死の判定は、脳死専門のコーディネーター二人が、脳の隅々まで調べて、総合的に出した結果だ。私はその結果に異論をはさむつもりはない」
「それじゃ、もう姉さんは助からないということですか」
 今度は、茜が質問した。
「私もひとりの医者として、このような事を言わないといけないのが辛いが……遙さんは助からないし、二度と目覚めることもない」
 その言葉を聞いた瞬間、茜はその場に崩れ落ち、泣き声をあげていた。
 茜や孝之だけでなく、薫も泣いていた。
「先生、私が説明を聞きますので、続けてください」
 三人は、気分を落ち着けるため、待合室で待つことになった。
 説明の続きは、宗一郎ひとりが聞くことになった。

 30分後。
 モトコの説明が終わり、宗一郎は、待合室に来ていた。
「少しは、気分が落ち着いたかね?」
 宗一郎が三人に向かって優しく声をかけた。
「孝之君、遙がこんな状況になって辛いと思うが……」
「そんな、お義父さんだって辛いのは同じなのに。説明を聞いてくれて……」
 しばらく、四人は話し合って、気分を落ち着けていた。

 
早速、涼宮家では、家族会議が始まった。
 会議の内容は、もちろん遙の今後についてである。
 宗一郎は、家に帰った後、茜にある頼みごとをしていた。
 居間に家族三人が集まり、少し遅れて茜が現れた。
 ちなみに慎二は、寝室で寝かせている。
「お父さん、あったよ。姉さんの財布の中に」
「そうか」
 茜が探していたもの、それは、遙の臓器提供意思表示カードだった。
 それを見て、孝之はあることを思い出した。
 それは十年前、大学受験用の参考書を探そうと遙と本屋に行ったときだった。
 孝之がレジで会計している間、遙は、本屋のカウンタに置いてあった臓器提供意思表示カードを持っていた。
 本屋を出た後、遙は、一緒に持っていようと孝之の分のカードを手渡した。
 孝之は、そのカードがどんなものなのかは、ある程度知っていた。
 事故とかで死んだり、脳死になったりした場合、自分が臓器を提供するかどうか、自分の意思を確認しておくカードであるが、実際に見るのは初めてだった。
 内容は、三つの選択肢があり、1、脳死になった場合。2、心停止になった場合に臓器を提供するか。3、臓器を提供しないに該当するものに○を囲むという極めてシンプルなものだった。
 ちなみに、臓器を提供する場合、どの臓器を提供するか、心臓やすい臓、脾臓などの器官名が表示されている。
 その選択肢の下には、署名年月日、本人の自筆の署名、家族の自筆の署名をする欄がある。
 遙は、1番と2番の文章全体を大きな○で囲った。
 孝之がそのことを指摘すると、遙は、そうなの?と言いながらも、臓器の全部の項目に○をひとつずつつけていった。
 孝之は、自分には関係ないけど、書いておいて損はないだろうという事で、遙と同じよ
うに1番と2番の臓器全部に○をつけた。
 遙は、もし自分が事故で死んでも、それで誰かが助かるならこんなに嬉しいことはない、と笑顔を浮かべながら言った。
 孝之も、自分の財布から、いつの間にかお守り代わりになっていた、あのとき遙にもらった自分のカードを取り出した。
 孝之のカードには、家族の署名以外の項目は全て書いていた。
 遙のカードも見せてもらったが、あのときと同じ大きな○と、遙の自筆の署名、家族署名の欄には父の宗一郎の名が書いてあった。
 なぜか、家族署名の後に印鑑が押してあったり、本人署名の後に拇印のようなものがあったり、臓器提供のその他の欄に「爪」とか「髪の毛」とか書いてあった。
 遙がもし、この場にいたら、その場で突っ込みを孝之が入れていたと思うが、今は、静かに笑うくらいしか出来なかった。
 孝之だけでなく、宗一郎も、薫も、茜も暗い雰囲気だった。

 宗一郎が、最初にモトコから聞いた内容を話した。
 遙を治療することには医者として、既に限界を超えていること。
 でも、諦めた訳ではなく、出来るだけの力で、最後まで治療を行うこと。
 逆に、臓器提供を受けるなら、本人の意思を表示した臓器提供意思表示カードと家族の同意がいること。
 もし、遙のカードが発見されて家族が同意した場合は、移植コーディネーターが来て、移植について、家族にわかりやすく説明すること。
 現に遙が書いたカードは出てきたので、後は家族の同意があれば、移植は出来るということ。
 また、肝臓のみ本人の意思は必要なく、家族の意思のみで移植はできるということ。
 宗一郎が、家族が同意した場合に備えて、移植コーディネーターとの面会を希望したため、明日そのコーディネーターが病院に来ること。
 その他、消極的治療の方法、人工呼吸器を停止する場合は、家族の同意が必要などを上げた。
 宗一郎は、静かに説明をしたが、孝之と薫と茜は遙が助かる希望がないことを知って、何も言えなかった。
「辛いことなのはわかるが、私達はどっちみち遙に対して、これからどうするのか決めないといけないんだ」
 無言で夕食を食べた後で、三人は少し落ち着きを取り戻していた。
「まずは、みんなの意見を聞こう。孝之くんはどうだね?」
 宗一郎は、冷静な態度で孝之に聞いた。
「俺は、遙が助からないなんて信じたくありません。だから、薬による治療を続けて欲しいと思います」
「なるほど、まあ原因は、どうであれ、私達は孝之くんのことを恨んじゃいない。これは、いわば運命のようなものだと思っている。それに、こうなることは、仕事柄知っていたから、私は冷静でいられたがね 」
 孝之は、宗一郎が何を言いたかったのか、理解できた。
 これは、運命のようなものだと思っている。ということは、だから、遙をあきらめろと言いたいのか。
 孝之は、そのことを聞きたかったが、それを言うのが恐くて、何も言えずにいた。

「孝之くんの意見はわかった。次は茜、茜はどうしたい?」
「私も、孝之と一緒で、姉さんが死んでしまうことを受け入れたくない。でも……」
 茜は、その後の言葉を言おうかどうかためらっているようにも見えた。
「でも、何だね?」
「姉さんがカードを持って嬉しそうに『これで誰かを幸せに出来るなら、こんなに嬉しいことはない』と言った、あの笑顔が忘れられない。だから……」
 茜は、泣きながら静かに言っていた。
「私は、姉さんの意志を尊重した最期を迎えさせてあげたい。そうしたほうが、姉さんも喜ぶと思うし」
 茜が何を言いたいのか、その場にいた者全員が理解できた。
「おまえは、どう思う?」
 今度は薫に聞いた。
「私も娘を失うことなんか考えたくもありません。でも、最期を迎えることがわかっているなら、せめて、あの娘の望んだ最期を叶えてやることが、親としての義務だと思っています」
 薫も茜と同意見だった。
「なるほど。実は私も、おまえや茜と同じ意見だ。孝之くんには悪いが」
 そう言って、孝之のほうを見る。
「多数決だからというわけではないんだが、私も、臓器移植をするのは賛成だ」
 宗一郎は、ゆっくりとした口調で言った。
「それが、遙の意思なら、私もその意思を尊重したいと思うんだが……孝之くんはこの件については、どう思うのかね?」
 孝之は、両手に冷や汗をかいて、考え込んでいた。
 自分の意見に同意する人は誰もいない。家族からの予想外の意見を聞いて、明らかに動揺していることが、表情からも見て取れる。
「俺は……俺は……」
 孝之は、声を押し殺して、遙が言った言葉を思い出していた。
『もし、私が事故で死んでもね、それで誰かが助かるんなら、すごく嬉しいよ。私という意志はなくなっても、誰かの体に私という存在は、生き続けているんだから……孝之くん、もし、私がそういう状況になったら、賛成できる?』
 あのときは、他人事みたいに、気軽に「賛成できるよ」と言った孝之だが、実際に自分の大切な人が、このような事態になってしまっては、その言葉の重みが痛いほど理解できる。
 賛成なんて、簡単に言えるはずがないのだ。
 
 脳死は、脳以外の体の器官は、正常に動いている。
 そのため、健康な人と同じ臓器の状態で、移植を行うことが出来る。
 もちろん、心臓は動いているし、人工呼吸器をしていることを除けば、寝ているようにしか見えない。そのため、心臓停止になったときが、死亡だと考える人もいて、脳死になった場合の臓器移植に反対する人が多いのも事実である。
 でも、遙は、臓器提供意思表示カードに自分の臓器を提供するという意思を示している。だったら、遙の意志を尊重したほうがいいんじゃないか。それに、遙の臓器を移植することで、助かる人が何人もいる。
 それに、孝之自身も、遙からもらった臓器提供意思表示カードに、自分の臓器を提供するという意思を示している。
「どうしたらいいんだよ、遙!」
 孝之は、どうすることもできない今の自分を恨むしかなかった。

 翌日、移植コーディネーターが訪れ、そこで遙の臓器移植についての説明が行われた。
 日本全国に、遙の臓器の移植を待っている人は多くいるのが現状だ。といっても、遙と白血球の型が一緒で、移植しても拒否反応が起きないのが前提である。
 遙は心臓を始め、肝臓、腎臓、脾臓、肺、目の角膜など、ほとんどの臓器を提供する意思を示している。明日、解剖が行われ、遙は本当に死ぬことになる。
 一通りの説明を聞いた後で、茜は孝之を連れて、病院の屋上に来ていた。
「移植、決まっちゃったね」
「うん」
「孝之は、後悔してないの?」
「うん」
「あと、帰る前に、もう一度姉さんの顔を見よう。もう生きている姉さんを見るの、これが最後だからさ」
「うん」
「孝之?」
「うん」
「本日は晴天なり」
「うん」
「孝之!」
 生気のない孝之を見た茜には、やり場のない怒りがこみあげていた。
「しっかりしてよ! 明日は姉さんがいなくなるんだよ! ちゃんと現実を見て、今の状況を理解しようよ!」
「もう、どうでもよくなってきた。遙がいなくなるなんて、そんな……そんなの嘘だろ? なぁ、嘘だと言ってくれよ! 俺は遙がいないと生きていけないんだよ!」
 孝之のパニクりように、茜はビンタしようとした手をそっと引っ込めた。
「嘘じゃないんだよ。姉さんは死んだ。もう死んだの! 私たちはこの辛い現実を受け入れて、明日から生きていかないといけないの!」
「茜は、なんでそんなに落ち着いていられるんだよ。世界にたった一人しかいない大事な姉がいないというのに……」
「落ち着いて……って、そりゃ、辛いよ! 私だって大事な姉さんが死ぬことなんて信じたくもないよ! でも、これが現実なんだよ! 受け入れるしかないでしょ!」
 茜は孝之の情けない態度に、それまで我慢していた感情を、ついに爆発させた。
「もう孝之なんか知らない。勝手にすればいいじゃない! 辛いなら、姉さんと一緒に心中しちゃえばいいでしょ! 馬鹿!」
 捨てゼリフを吐くと、茜はその場を走り去った。
「あ、茜……」
俺はいったいどうすれば……
俺は……


   

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あとがき
 
最初に一言謝ります。

 遙を殺してごめんなさい!!
 記念すべき聖誕祭なのに、何を書いているのでしょう。

 実は、このSSを書いた当時(2004年)は、君のぞ全盛期で、たくさんのSSサイトがありました。
 その中で「おこじょの儚き夢の部屋」さん(現在はゲーム専門ブログになっています)に投稿しました。
 内容がマナマナルートのようにダークな場合、背景が黒になるのですが、このSSも背景が黒になっていました。
 そして、SS感想掲示板でも、いろいろと議論が巻き起こりました。ほとんどは肯定的な意見でしたが、
「どんな内容であっても、最後は幸せになれるエンディングであることを望みます」という意見が一番印象的でした。

  なぜこのタイミングでこのSSを書いたのかと言いますと、偶然過去のSSで未発表だったのが出てきたからです。
 まだ一話目という序盤しか公開していないので、未完の扱いでしたが、それを最後まで書き上げて見ました。
 十年前なので、文章作法が目茶目茶でした。文章自体も読み返して、今見ると稚拙なのも結構あったので、全体的に書き直しています。

 さて、聖誕祭の日に、ダークなSSはいかがだったでしょうか。
 そして、シリアスなSSは、この作品で書くのを最後にします。理由は言うまでもなく、ネタ切れの四文字です。
 最後のSSなのに、何て重い内容のを書いてしまったんでしょうか。
 シリアスなのではなく、ギャグとかコメディとかなら、いくらでも思いつくのですが。来年は、そちらのSSを公開できればと思っています。

 あと、補足ですが、この10年の間に法律が改正されていました。
 脳死は「人の死」というのは変わりませんが、臓器提供は、本人の意志があったときのみというのが、当時の内容でしたが、現在は、家族の同意があったときも臓器提供ができるようになりました。
 臓器提供カードを持ってない人が多いのも事実でしたから、こちらに改正されたらしいです。
 それでは、感想をお待ちしています。
 
 


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